その日は蒸し暑い日でした。
私は、夕方の散歩に出て、ふとした気紛れで今まで通ったことのない細い路地に踏み込んだのでした。
その道は、殊更に薄暗く、所々にある街灯もボンヤリとして少し赤みがかかった色の光を申し訳程度に投げかけているだけで、かえって周囲の闇を濃くしているようでした。
それでも、何となく引き返すタイミングを失って歩き続けるうちに、夜の帳が辺りを覆い、人気のない路地は、まるで奥に何かを潜ませているように感じられるのでした。

そうして、どのくらい歩いたことでしょう。
もう幾つ目かわからない角を曲がった途端、目の前に、こんな路地の奥にあるとは思えない大きく古風な屋敷が現れたのでした。
路地の突き当たりは、その屋敷の朽ちかけた門になっていて、どうやらそこで終わっているようでした。
今は住む人もいないように見受けられる屋敷には、人の気配も、灯りを零す窓もなく、雑草が生い茂った、しかしかつては相当に立派だったろうと思われる庭が、門の向こうに見えていました。
門も立派な冠木門でしたが、門扉は片側が既に失われて、侵入者を拒む役には立っていませんでした。
もしそうでなかったら、私もそのまま道を引き返したことでしょう。
しかし、明らかに空き家と思われる、だがいかにも由緒ありげな佇まいの屋敷への好奇心と、折角ここまで歩いてきて、しかも次にいつここに来るかわからないという気持ちから、私はふらふらとその門へ近付いていったのでした。

恐る恐る、今にも崩れそうな門を潜り、庭に足を踏み入れ、かろうじて雑草の間に残る飛び石を伝っていくと、屋敷もまた荒れ果て、雨戸もあちこちなくなっているのがわかりました。
「ごめんください…。」
誰もいないとわかっていながら、申し訳のように呟いて、私は、雨戸のない縁側から、内部を全くの闇に閉ざした暗い魔物の口のような建物の中を覗いてみたのでした。

………ああ…やっと来てくれたのですね………

その時、返るはずのない応えが響き…

振り向いた私の眼に映ったものは…
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